生き方。
わたしは、自分で決断し、応援や支援を受けて生きてきたんだなと強く思わされる映画だった。
ほんとうは世の中、生きることを簡単にしてはくれないんだな。
天理市で撮影された「二階堂家物語」を見た。
町田くんカッコいいなーというミーハー心もあって。
二階堂家物語は、なら国際映画祭2018のコンテンツ(という表現でいいのだろうか)の1つだった。
なら国際映画祭ってドキュメンタリーや、個人的には取っつきにくいテーマを扱っているイメージだったので、心の準備をしてから見た。
舞台は歴史ある家。テーマは跡継ぎ問題。
そんなテーマを取り囲むように涙や恋や愛や涙や…綺麗に映像化されていたなぁという印象。
綺麗に…と表現したのは、いろいろなことが直接的じゃないこと。はっきり映っていない。…ように見えた部分が多かったの。
見ているわたしたちに委ねられていた。アート感。
別れも「ああ、2人は決別したのだろうか、どうなんだろうか」という風に。
とくに涙のシーンが印象深くて、自分にはどうすることもできないもの(や人)に対する感情がそこにあった。
すぐ思い出せる綺麗な(綺麗なという言葉で片付けられるものでもないけれど)涙のシーンは3シーンある。
3人の女性が流した涙。
それぞれの涙、想像はできるけれど、わたしには感情移入はできなかった。
だからか、客観的に…というか、とにかく印象的。
映画の内容をよく際立たせていたのが天理市(奈良市もかな)の風景だったように思う。
天理市だ!!!ってめちゃくちゃわかるような描写はないけれど、自分がよく知っている街だからかな、すごく良かった。
ここまで感想を言っておいてアレだけれど、実は二階堂家物語を見るのは2回目だった。
今日、2回目はすごく内容に集中できた。
人と人とが関わりあうって難しいし、家族同士でも難しい。愛する恋人との関係だって将来のことを思えば2人だけのものではないのか…
ということに気付かないといけなくて、結論としては苦しい映画だったよ。
みんな幸せになれたらいいのにな。
世の中しんどいことばっかだなーって感じだ!
最近、奈良県内で撮影された映画の公開が続いている。
「かぞくわり」も見たいし「フォルトゥナの瞳」も見たいな。