20190629 ディープな椿井の夜

※4~6月まで“プロライター大阪道場”に週に1回通っていました。昨日が最終回で、最終の卒業課題として提出した文章をここに掲載します。タイトルからあとがきまで丸々コピペです。(写真1枚だけトリミング変更しましたが・・・。) 取材先のおとーさんから、この売れていないブログへの掲載許可はいただいています。3,000字弱あります。道場で学んだことは年月かけてジワジワ活かしていきたいと思います!卒業に際し・・・ここで言うのも変ですが、本当にありがとうございました。

 

 

また帰りたくなるディープな椿井の夜

~「おかえり」で迎える居酒屋店主の話~

 

大仏・鹿が観光客を呼ぶ奈良市近鉄奈良駅から、歩いて徒歩5分のところに椿井市場と呼ばれる古い商店街がある。夜になれば、椿井市場に響き渡る“居酒屋三鉢屋”からの笑い声。奈良の魅力はここにもあったのだ。

 

―ここが奈良市椿井町の居酒屋三鉢屋―

「おかえり。」おとーさんはまるで家に帰ってきた家族に声をかけるように、空いているカウンター席を指さして迎え入れてくれる。店に入って、左から2番目の席へ座った。梅雨入り前の6月11日火曜日20時。今日もわたしは仕事を終え、ビールを飲みにきた。暑い季節になると店の扉は開けっぱなし。笑い声は店を飛び出し、外にまで響き渡っている。たまたま店の近くを通りかかっただけの日でも、うっかりと店へ足が向いてしまいそうになるくらいに。

f:id:y_kaneko1992:20190629132352j:plain

生ビールひとつくださいとわたしが言うと「あいよっ。まずいとこ?おいしいとこ?」と笑いながらいつものやりとり。もちろんおいしいとこを頼む。初めて来店したお客さんは一度このやりとりで戸惑うだろうけれど、これはまだ序の口。

生ビールはカウンター越しにわたしのもとへやってくる。ジョッキもキンキンに冷たい。そして泡の部分から大きな一口目をゴクリ。店内に流れるムード歌謡のBGMが心地よくビールに合う。わたしは平成生まれだが、なぜか懐かしさを感じてしまう。お通しもカウンター越しに手渡される。小鉢1つの時もあれば3つの時もある。今日は豪華。お通しが豪華な時は、だいたい遅い時間で疲れ始めてきた時。自由だ。

f:id:y_kaneko1992:20190629132430j:plain

 

―そこに居合わせたお客さんは飲み仲間―

一呼吸おいて周りを見渡す。今日のお客さんの顔をチラッと見る。わたしの席を含めると、カウンター8席のうち7席埋まっている。平日を感じさせない店内。わたしの左隣は常連のおじいさんで知っている顔。あとはわからない。

わたしが一人無言でいると、おとーさんは「ゆか、今日ギターは?」と聞く。今日は持ってきていないとわたしが答えると、「この子ね、ギター弾いて歌うんだよ。」とわたしを隣席のお客さんへ紹介してくれる。そうなの?歌手?と右隣の女性。わたしはそれを否定して、会社員をしながらたまにライブハウスで歌っていることや、ごくたまにこの店でも歌わせてもらっていることを伝えた。そこから数分楽器の話をした後、脱線に脱線を重ねてわたしたちは打ち解けた。おとーさんはいつも店内をまんべんなく見渡して、無言でいる人がいれば話を振ってくれるし、楽しいことをみんなで共有しようとしてくれる。「せっかくお酒飲むんなら楽しい方がいいでしょう。」と、これは口癖。「よく笑ってよく話すことが認知症にも良いからね。」とも笑いながら言う。

 

―16歳から料理一筋。原点はフレンチ―

この店を切り盛りしているおとーさんは現在72歳。1997年4月25日、おとーさんが50歳の時に開業。いつも頭に手ぬぐいを巻いているのがチャームポイントだ。常連のお客さんみんなが、おとーさんは昔フレンチシェフだったことを知っている。

f:id:y_kaneko1992:20190629132514j:plain

中学卒業後、すぐに料理の道へ進んだ。最初は天王寺都ホテル(現:都シティ 大阪天王寺)のレストランに6年在籍していたという。「最初はずーっと洗い場ばっかり。でもそうやっていろんな鍋を洗っている中で、料理の段取りがわかってくるようになる。」と当時を振り返りながら。

都ホテルのレストラン退職後もフレンチシェフとして何店舗か経験。「引き抜きで転職してどんどん給料も上がっていったなぁ。」と笑いながら話すおとーさん。フレンチの腕前は確かだと説得力がある。

33歳の時に一度勤めるのをやめて、奈良市内で“ビストロ13番地”という店を開業したことがあるらしい。しかしまた引き抜きがあり3年で閉店したそうだ。ちなみに店名は住所が13番地だったから・・・というなんともおとーさんらしい由来だった。では、50歳でまた開業した理由が気になった。聞くと「もう人につかわれるのも、人をつかうのもイヤだったから。」とてもシンプルだ。

 

―定番の自己紹介。「昔は“フレンチ”、今は?」―

店のメニューは居酒屋にしては独特で、フレンチシェフだったおとーさんの個性に溢れている。刺身や揚げ物に続いて、サイコロステーキやラタトゥイユなどのカタカナメニューが並んでいる。

f:id:y_kaneko1992:20190629132555j:plain

「わたしの煮込み料理、洋風っぽい煮込み料理を食べていただいて、それで常連さんになってくれたらなっていう願いがあって。」と話すおとーさんのビーフシチューは絶品。赤ワイン1本使って丁寧に作る。となれば飲み物も・・・ということで、ワインも注文できる。自分の好きなお酒に合う料理や、自分が今食べたい料理に合うお酒を楽しめる居酒屋だ。

フレンチの話題が一段落すると、必ず「昔は“フレンチ、今は?」とおとーさん。わたしも間髪入れずに“ハレンチ”!と付き合う。このやりとりが定番。フレンチの話が出れば、常連客は今か今かとソワソワし出す。だから1回でも来店したことのあるお客さんはみんなおとーさんが昔フレンチシェフだったことを知っているわけだ。“ハレンチ”が出てこなければ、常連客も初めてのお客さんも関係なく、年期の入ったピコピコハンマーの刑。

f:id:y_kaneko1992:20190629132731j:plain

 

―おとーさんに会いに来る=おとーさんの生存確認―

お客さんがカウンター8席のみの居酒屋に来て求めるものはなんだろう・・・と考えた時、行き着く答えは“楽しく今夜を過ごしたい”ということなのだろう。入店時に「おかえり。」と迎え入れることも、お客さんが今からここで楽しく過ごせるように・・・という合図になっている気がする。

f:id:y_kaneko1992:20190629132921j:plain

取材は普段ならば全て断っているらしい。今回はどのメディアにも出ることがないので、特別に取材(と言えるかわからないが)・執筆の許可をもらった。ライター道場の仲間たちにはぜひ奈良へ観光しにきてもらい、そして夜まで堪能してほしい。

居酒屋三鉢屋がある椿井市場で、現在営業している店は東側手前の6店舗のみ。6店舗を通り過ぎると、その先は看板が傾き、昭和で時が止まっているかのような世界。夜はほぼシャッター街だけれど、一歩入れば大丈夫。賑わう声が聞こえてくるはず。

f:id:y_kaneko1992:20190629133027j:plain

毎週水曜日が定休日。連日大賑わいのため、来店前に電話をするのがおすすめ。大阪までの終電は23時を目安に。時間が過ぎるスピードに要注意だ。

わたしはいわゆる常連客の一人で、おとーさんや他のお客さんと他愛のない話をしに来ている感覚。おとーさんの自虐ネタの1つで「ひょっこりと数年ぶりにきてくれるお客さんは、わたしが生きてるかどーかを確認する目的で来てくれんねん。」と言うことがある。おとーさんには長生きして、元気で少しでも長くカウンターに立ってほしい。

f:id:y_kaneko1992:20190629133107j:plain

 

 

 

◆居酒屋三鉢屋

住所:奈良市椿井町5-1-3椿井市場内

電話:0742-23-3602

時間:18時頃~24時頃

 

あとがき

こんなに文章を考えるということは、もう何年もしていませんでした。「自由に執筆して良い」とは逆に困惑!と、頭を悩ます日々でした。ライター道場で教えてもらったことの集大成がこの記事になるならば、大好きな人を取材して、カキフライ理論方式で執筆してみようと思いました。この記事で、みなさんが少しでも奈良へ心が動いたならば個人的には成功かな・・・。