実のところ、わたしの暮らしは奈良でなくてもよかった。
東京でもよかったし、地元茨城でもよかった。たまたま18歳のときに奈良にやってきたことは「わたし」を形づくる大事なものとなった。たまたま離れられなくなった。
もしもあの18歳のとき別の街に越していたとしたら、その街でのことを同じように大事にしていただろう。
25年生きたところで「わたし」のことを考える機会が増えた。
いまの「わたし」はおそらく歌うことなどの音楽、愛し愛されること、奈良の3つが全てだ。もちろん20歳くらいのときは少し違ったと思う。もっと多かったと思う。
年を重ねるごとに精査され、そぎ落とされた「わたし」はとてもシンプルで綺麗になった。
ただ、3つの中でも奈良の存在は大きく、奈良がなければ歌うことも愛し愛されることも成立しない。
歌うことは幼少のころから大好きだけれど、いまは奈良に暮らしているからこそ歌いたい歌がある。そして、奈良に暮らしているからこその愛したい日常、愛したい街、愛したい友人、愛したいパートナー。行き交う愛情が確実にわたしを奈良に留めている。
単純に音楽や人、奈良の話をしたいんじゃない。わたしの暮らしと絡み合うそれらを知ってもらいたい。
ただのコンテンツ紹介ではない。「わたし」の言葉を通したらどんなカラーで表現できるか。考えるのが楽しい。
そんな思いが近ごろはとても強いのだ。